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映画三度目の殺人の一度目と二度目の内容は?三度目の意味は誰のこと?

2019/10/26
 

映画三度目の殺人の犯人である三隅ですが本編では三度目の殺人は犯していません。

一度目は過去の留萌強盗殺人事件二度目は映画本編の山中光男強盗殺人事件。

最終的に三隅は死刑となり三度目の殺人は劇中ではありませんでした。

今回は一度目二度目の事件の内容と、三度目の意味について考えてみたいと思います。

三度目の殺人の一度目と二度目の内容は?

映画三度目の殺人三隅が犯した殺人事件は2つ「留萌殺人事件」「山中光男強盗殺人事件」

一度目は過去に三隅が北海道で借金取り2人を殺した事件で懲役30年という判決でした。

二度目が映画本編の事件となっています。2つの事件の詳細を見てみましょう。

一度目:留萌強盗殺人事件

三隅高司は北海道に留萌に住む青年でした。

妻と娘がいたようですが劇中の「父とは母と妻は不幸な目にあって死んだ」というセリフから妻はこの時すで他界していたと考えられます。

娘の「恵」とは仲があまり良くなかったようです。また借金もしていました。

留萌ではかつて炭鉱が盛んでしたが、閉山に伴って失業者が増えていました。

その頃から高利貸しが横行していたようで失業も合わせて三隅はもろにその波に飲み込まれたようです。

そして借金苦を理由に借金取り二人を殺しその家に火を放ち金を持ち逃げしました。

これが三隅の一度目「留萌強盗殺人事件」となります。

その後、駅のベンチでぼーっとしている三隅を当時の刑事「渡辺」が見つけ逮捕します。

逮捕後の取り調べや接見室での供述は映画のようにコロコロと変わっており当時の関係者を混乱させていました。

渡辺刑事によると「空っぽの器のようだった」と述べており動機がはっきりしていなかったとされています。

裁判の結果、過去の世論の影響もあり怨恨として懲役30年という判決となりました。

この判決を下した裁判長が主人公・重盛の父親(演・橋爪功)でした。

重盛の父親は過去の温情判決が失敗だったと後悔しており、三隅のことを「獣のような男だった」と語っています。

二度目:山中光男強盗殺人事件(映画本編)

二度目は映画本編で出ている「山中光男強盗殺人事件」

三隅は出所後、被害者となる山中光男の会社に入ります。

山中の会社は食品の加工会社で前科持ちの従業員も多く入社していました。

大雪が降った日、三隅山中の娘である咲江と河原で出会います。

咲江が今日が自分の誕生日だと言うと三隅は一緒に雪のケーキを作り写真を撮りました。

それからしばらくして、その河原で三隅は山中を殺害します。これが三隅の二度目の殺人となります。

そして、この咲江との出会いから殺害までが映画「三度目の殺人」の考察するべき部分に当たります。

中光男という男は実の娘である咲江に性的暴行を加える父親でした。

咲江はそのことを誰にも言えずにいましたが、三隅は咲江の殺意の感情を読み取り殺害に至ったと考えられます。

裁判は弁護側と検察側で「無期懲役」か「死刑」のどちらになるか争われました。

そこで三隅は供述を一度目の殺人のようにコロコロと変えます。

 

①金のためにやった。そして前々から山中を殺してやろうと思っていた。

②保険金目当てで山中の妻・美津江に頼まれてやった。

③本当は殺していない。

 

最終的には映画のラストでわかるように三隅の否認は合理性がないと判断され「死刑」となりました。

ラストシーンの三隅の表情はなぜか満足そうに見えた気もします。

三度目の殺人の三度目の意味は誰のこと?

さて、三度目の殺人というタイトルですが三隅は三度目の殺人を犯していません。

この三度目というのは一体誰のことを指していたのでしょうか?

個人的に解釈は2つあると思っています。

三隅が自ら死刑に持っていき自分自身を殺したこと

三隅は死刑が決まった後、接見室で重盛にこう話しています。

「生まれて来なければよかった」「自分はいるだけで周りにいる人間を傷つけてしまう」

そして重盛の父は三隅のことを「獣のような男」といっていました。

人を殺せる人間と殺せない人間は生まれたときに決まっているという重盛の父。

三隅は人の命を自由にできる裁判官に憧れていたと劇中で語っています。

食品偽装や咲江のことで山中を裁くつもりで殺害したのではないでしょうか。

そして三隅には罪の意識がある。それは自分が人を傷つける人間だと自覚していることからもわかります。

そう考えると接見室で重盛に「信じてくれ」というセリフは「殺してくれ」と私は聞こえました。

今回の裁判で否認するということは死刑は確実です。

三度目の殺人とは三隅が自分で自分を裁くために自身を殺したと思っていました。

重盛という司法システムの一人を殺したこと

三度目の殺人意味について私は最初「三隅が自身を殺した」のが三度目の意味だと思っていました。

しかしシンプルに考えると「三隅が自身で」というのは自殺であり殺人ではありません。

そして三度目というからには「三隅が」誰かを「殺意を持って」殺害しなければいけません。

殺人罪の成立は「殺意があるか否か」で争われます。

三隅殺意の対象はおそらく「理不尽さ」一度目の殺人「高利貸しの借金取りへの理不尽さ」。

二度目「食品偽装や山中の娘に対する理不尽な行動」に対して殺意を向けています。

三度目の殺人「司法というシステムの船に対する理不尽」ではないでしょうか。

三隅は一度目の殺人で裁判を受けて「裁判官が人の命を自由に選別している」と感じます。

自分が人を殺すと裁かれて、裁判官は死刑を宣告しても裁かれないというのが理不尽に思ったのではないでしょうか。

そして三隅司法の一部である重盛を「無差別」に殺したと考える事もできます。

重盛は物語が進むにつれて三隅に同調し始めます。

今まで優秀な弁護士としてやっていた重盛ですが、最後の十字路で立ち止まって迷いを見せています。

摂津が言ったように重盛は「犯罪者が罪と向き合うのを妨げる」人物となり弁護士として死んでしまった。

三隅は「弁護士としての重盛」を殺したということです。これが三度目の殺人の三度目の意味だと私は考えます。

まとめ

三度目の殺人の一度目と二度目の内容と三度目の意味は
・一度目は三隅が過去に起こした「留萌強盗殺人事件」
・二度目は映画本編で争われる「山中光男強盗殺人事件」
・三度目の意味は「司法システムの一部であった重盛」を殺したこと。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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